自主制作の作例 / 恋愛スカッと

高梨製作所の
高梨さん

年収と会社の名前で人を測る男が、その物差しごと外される話。
男性主人公・対話形式。同じ話を、60秒・ショート・本編の3つの尺で書いています。

3つの版

尺は「セリフのみの字数 ÷ 300字/分」で算出。ト書き・見出しは読み上げないため除外しています。
セリフ総字数読み上げ
60秒版23228746秒
ショート版4835941分37秒
本編6,0816,77120分16秒

60秒版

いちばん短い版。読み上げて約46秒。

セリフ
232字
総字数
287字
読み上げ
約46秒
桐谷その手、何の仕事?
拓海工場です
桐谷工場ねえ
桐谷美月ちゃん、後悔してない? うちなら年収も休みも全然違うよ
美月してない
桐谷即答か
美月褒めてる人は、年収の話をしない

奥の襖が開く。沢渡が立っている

沢渡桐谷。初対面の方に何を聞いてる
桐谷……部長

沢渡、そこで拓海の顔を見る。深く頭を下げる

沢渡高梨製作所の高梨さん。先月は無理を聞いていただいて
桐谷……えっ。主軸の
沢渡お前が電話で頼んだ先だ
桐谷……知らなくて。すみません
拓海知ってたら、言わなかったですか

桐谷、口を開きかけて止まる

美月わたし、この人の手が好きなの

ショート版

590〜610字の指定に合わせた版。

セリフ
483字
総字数
594字
読み上げ
約1分37秒
桐谷その手、何の仕事? ずいぶん荒れてるけど
拓海工場です
桐谷工場ねえ

桐谷、名刺を出す

桐谷俺、セイワ電機の調達。今日は部長も奥で飲んでてさ、抜けてきた
桐谷美月ちゃん、後悔してない? うちなら年収も休みも全然違うよ
美月してない
桐谷即答か
美月何度聞かれても即答する
桐谷いや、褒めてるんだって。手に職があるってすごいじゃん
美月褒めてる人は、年収の話をしない
桐谷厳しいなあ。昔から変わんないね
美月変わったよ。桐谷くんが見てるのは八年前のわたし
桐谷……

奥の襖が勢いよく開く。沢渡が立っている

沢渡桐谷。今の、全部聞こえてた。襖一枚だ
桐谷……部長、これは同窓会の
沢渡同窓会かどうかは関係ない。初対面の方に何を聞いた
桐谷……失礼しました
沢渡俺にじゃない
桐谷……すみませんでした

桐谷、頭を下げる。沢渡、そこで初めて拓海の顔を見る

沢渡……失礼、高梨製作所の高梨さんじゃないですか
拓海……はい

沢渡、深く頭を下げる

沢渡先月は無理を聞いていただいて
桐谷……えっ。主軸の、高梨製作所
沢渡お前が電話で納期を頼んだ先だ
桐谷……知らなくて。すみませんでした

拓海、しばらく黙っている

拓海知ってたら、言わなかったですか

桐谷、口を開きかけて止まる

美月、拓海の手を取る

美月わたし、この人の手が好きなの

本編

ト書きを除いて6,000字を超える横型用。全9幕。

セリフ
6,081字
総字数
6,771字
読み上げ
約20分16秒

1

居酒屋。座敷。桐谷が拓海の手を見ている

桐谷その手、何の仕事してるの?
拓海工場です
桐谷工場ねえ

桐谷、笑ってグラスを置く

桐谷美月ちゃん、いい人見つけたね

暗転

2 その日の朝

旋盤の音。工員の室井が受話器を持ってくる

室井三代目。丸菱さんです
拓海はい。お世話になっております、高梨です
拓海月に八十本、ですか
拓海単価はいくらとお考えですか
拓海……そうしますと、図面の真円度公差どおり、五ミクロンで仕上げることになります
拓海一度お送りした見積り、真円度二ミクロン以内で研いだ場合のものです。あちらでお願いできませんか
拓海はい。……はい、承知しました。では今回は見送らせてください

拓海、受話器を置く。室井が呆れた顔で見ている

室井断ったんですか。月八十本ですよ
拓海値段が合わなかった
室井真円度五でいいって言ってるんでしょう。図面どおりなら文句ないじゃないですか
拓海文句は出ないよ。半年は
室井……半年
拓海六年前、同じ主軸を真円度五で出した。材質も荷重も軸受の構成も同じ機械だよ。半年で全数戻ってきた
室井鳴きが出たってやつですか
拓海うん
室井でも、それって向こうの図面が甘かったってことでしょう。うちのせいじゃない
拓海そう。だから困った
室井困る?
拓海怒鳴られてたら、こっちも言い返せたんだよ。図面どおりですよって
室井怒鳴られなかったんですか
拓海向こうの班長さんが来て、頭を下げた。うちが図面どおりでいいと言ったせいですって
室井……
拓海半年ぶん、あの人は毎朝あの音を聞いてた

室井、黙る

拓海そのあと、設計に上げてもらった。この使用条件なら真円度を二ミクロン以内にする特記を入れてくださいって
室井通ったんですか
拓海通った。丸菱さんじゃなくて、別の会社の話だけどね
室井じゃあ丸菱さんにも同じことを
拓海言ったよ。今日の電話で
室井……断られたと
拓海うん。図面のままでいい、単価だけ下げてくれと
室井それで受けたら、どうなるんですか
拓海あのとき解析までやって、原因は真円度だと出てる。同じ条件なら同じことが起きる
室井……こっちの責任にはならないですよね
拓海ならない。書面が残るから
室井じゃあ受けても
拓海責任にならないことと、やっていいことは違うよ
室井……
拓海うちは二で研ぐ。単価はそのぶん頂く。合わない相手とは組まない
室井稼働、六割ですよ
拓海知ってる
室井来月もこれだと、賞与の話は無しですか
拓海無しにはしない
室井どこから出すんですか
拓海俺の取り分から
室井……それ、去年もやってましたよね
拓海やってた
室井今年もやるんですか
拓海やるよ
室井……三代目、それ続けたら会社が先に潰れますよ
拓海潰れないよ。潰れる前に断るのをやめる
室井じゃあ今日、やめればよかったじゃないですか
拓海今日はまだ、その日じゃなかった
室井いつ来るんですか、その日
拓海来ないようにするのが、俺の仕事
室井……その理屈、儲かんないですよ
拓海うん。だから見積りは先に出してる
室井先に出したら、高いって言われて終わりじゃないですか
拓海終わるよ。半分は
室井半分
拓海残り半分が、六年続いてる
室井……六年
拓海戻ってこない仕事ばっかりだよ。うちは新規が少ないだけ
室井それ、自慢ですか
拓海愚痴だよ

3 昼

事務所。美月が弁当を置いている

美月土曜、同窓会なんだけど
拓海うん
美月二次会から、一緒に来ない?
拓海俺が?
美月婚約者だもん
拓海同窓会って、そういうの連れてくもの?
美月連れてくる人もいる。連れてこない人もいる
拓海じゃあ、どっち
美月わたしは連れていきたい

拓海、自分の手を見る

拓海……洗ってから行くね
美月洗わなくていい
拓海洗うよ
美月洗ってもそんなに変わらないと思うけど
拓海そこは嘘でもいいから、変わるって言ってほしかった

美月、笑う

美月変わるよ。すごく変わる
拓海今のはもう遅い
美月……ねえ
拓海うん
美月今日、丸菱さん断ったって室井さんが言ってた
拓海うん
美月八十本
拓海……うん
美月単価いくらだった?
拓海言わないほうがいい?
美月言って。わたし、ここの帳簿つけてるんだよ
拓海……九千八百
美月八十本で七十八万四千。三か月なら二百三十五万二千
拓海早いな
美月経理だもん
拓海……ごめん
美月謝らなくていい
拓海でも
美月数字を出したのは、責めるためじゃないの
拓海じゃあ何のため
美月わたしが、いくら断ったのか知っておきたいだけ
拓海知って、どうする
美月誰かに『工場って大変でしょ』って言われたとき、大変ですよって言える
拓海……
美月知らないで庇うのは、庇うって言わないから
拓海……そんなこと言う人、いるかな
美月いるよ。八年前にもいた
拓海……そう
美月そのとき、わたし何も言い返せなかったの
拓海うん
美月悔しかった。相手にじゃなくて、自分に
拓海……
美月だから今度は決めておく
拓海何て返すの
美月まだ決めてない
拓海決めてないんだ
美月決めてないけど、今度は黙らない

4 同窓会・一次会

座敷。同級生たちが集まっている

同級生A美月、久しぶり! こちら、もしかして
美月婚約者の高梨拓海さん
同級生Aえー、おめでとう!
拓海はじめまして。高梨です
同級生A聞いてたのと違う。もっと怖い人かと思ってた
美月なんでよ
同級生Aだって美月、昔から真面目そうな人が好きだったじゃん
美月それ褒めてる?
同級生A褒めてる褒めてる

桐谷、グラスを持って近づいてくる

桐谷美月ちゃん
美月……桐谷くん
桐谷久しぶり。何年ぶり?
美月八年、かな
桐谷八年か。全然変わんないね
美月変わったよ
桐谷変わってないって。俺は分かる

桐谷、拓海を見る

桐谷で、こちらが
美月婚約者の高梨さん
桐谷へえ

桐谷、名刺入れを取り出す

桐谷セイワ電機の桐谷です。調達部やってます

拓海、両手で受け取り、胸ポケットにしまう

拓海頂戴します。高梨です
桐谷あ、そんな丁寧にしなくていいよ。仕事じゃないんだから
拓海癖なので
桐谷癖?
拓海名刺は仕事の顔なので、扱いが雑だと怒られます
桐谷誰に
拓海父に。もういませんけど
桐谷……あ、そう

桐谷、自分の名刺入れを見て、少しだけ持ち直す

同級生A桐谷くん、今日わざわざ来たの?
桐谷今日ね、うちの部の暑気払いもこの店なんだよ。奥の座敷
同級生Aえー、被ってるじゃん
桐谷そう。だから顔だけ出して抜けてきた。部長がまだ飲んでるから、あとで戻る
同級生A怒られない?
桐谷怒られないよ。俺、いま部で一番数字持ってるから

桐谷、奥へ戻っていく

同級生A……あの人、まだ引きずってるでしょ
美月やめて
同級生A八年前の忘年会、みんな見てたよ
美月見てたのは、断られたところだけでしょ
同級生Aまあ、そうだけど
美月それでいいの

4-2 喫煙所の外

店の裏口。拓海が缶コーヒーを持って立っている。同級生Aが出てくる

同級生Aあ、すみません。逃げてきちゃって
拓海私もです
同級生A高梨さん、お酒だめでした?
拓海明日も機械を回すので
同級生A日曜も?
拓海日曜は段取りだけです
同級生Aへえ……あの、聞いてもいいですか
拓海はい
同級生A工場って、何を作ってるんですか
拓海機械の中で回る軸です。主軸っていうんですけど
同級生A回る軸
拓海回るものって、少しでも歪んでると音が出るんです。最初は分からないくらいの音で
同級生Aそのうち大きくなる?
拓海なります。半年くらいで
同級生A……それ、直せるんですか
拓海直せません。作り直しです
同級生Aうわ
拓海だから旋盤で挽いたあとに、研削を一工程足します。真円度を二ミクロン以内に追い込むんです
同級生A一工程増えると、高くなる
拓海高くなります
同級生Aそれで断られたりしないんですか
拓海されます。今日も一件
同級生A……今日も
拓海はい
同級生A聞いちゃいけないやつでした?
拓海いえ。事実なので
同級生Aわたし、そういうの分かんなくて。すみません
拓海分からないのは普通です。うちの仕事、外から見えないので
同級生A見えないと、どうなるんですか
拓海安いほうがいいと思われます
同級生A……そりゃそうか
拓海そうなんです。だから見えるところまで説明する。それも仕事のうちです
同級生A今、説明されました
拓海はい

同級生A、笑う

同級生Aなんかいいですね、それ
拓海よくはないです

5 二次会

同じ店。人が減っている。座敷の端に美月と拓海。そこへ桐谷が座る。第1幕の場面へ戻る

桐谷その手、何の仕事してるの?
拓海工場です
桐谷工場ねえ

桐谷、笑ってグラスを置く

桐谷美月ちゃん、いい人見つけたね
美月うん
桐谷朝早いんでしょ、工場って
拓海五時半に出ます
桐谷五時半! 無理だ俺
拓海慣れます
桐谷夏は暑いでしょ
拓海暑いです
桐谷うちなんか空調きいてるからさ。夏でもスーツ着てられるもん
美月桐谷くん
桐谷ん?
美月その言い方、やめて
桐谷え、何が。褒めてるんだよ。手に職があるってすごいじゃん。俺なんか会社の名前で仕事してるだけだから
美月褒めてない
桐谷褒めてるって
美月褒めてる人は、空調の話をしない
桐谷厳しいなあ。昔からそうだよね
美月昔の話はいい
桐谷そういえば美月ちゃん、いま何やってるの
美月経理
桐谷経理? うちにいたときは営業だったよね
美月六年前に変わった
桐谷へえ、もったいない。営業のほうが向いてたのに
美月わたしは経理のほうが好き
桐谷そう? あんなに数字きらいだったのに
美月きらいだったのは、人に押しつけられた数字
桐谷……厳しいなあ
美月桐谷くん、さっきから八年前のわたしの話しかしてないよ
桐谷そんなことないだろ
美月してる。全部『昔の美月ちゃん』の話
桐谷……
美月わたし、その人じゃないよ
桐谷……ねえ、ひとつだけ聞いていい?
美月
桐谷後悔してない?
美月してない
桐谷即答か
美月何度聞かれても即答する
桐谷でもさ、現実的な話をすると、うちは産休も育休も普通に取れる。工場だとそのへん、どうなんだろうって
拓海制度も、代わりの手配も用意してあります
桐谷あ、そうなの
拓海五人の会社ですけど、前に一人、育休を一年取りました。その間は外注に出しました
桐谷……そっか。いや、ごめん。悪気はないんだよ
美月悪気がない人は、よその会社の産休の心配をしない
桐谷……

桐谷、話題を変える

桐谷高梨さん。立ち入ったこと聞くけどさ、工場って代替わりのとき大変じゃない? 借金とか
同級生A桐谷くん、それは
桐谷いや、実際そういう相談よく受けるんだよ、仕事柄
拓海うちは、父が残したぶんがまだあります
桐谷あー、やっぱり
拓海隠すことでもないので
桐谷偉いよ。ほんとに。俺なら逃げるもん
同級生Aねえ、ちょっと
桐谷なんで? 褒めてるんだって

同級生A、言葉を探して、結局グラスに手を伸ばす

桐谷美月ちゃんは知ってたの、それ
美月知ってるよ
桐谷知ってて?
美月知ってて
桐谷……すごいな。俺には無理だ
美月桐谷くんに無理でも、わたしには無理じゃない
桐谷いや、そういうことじゃなくてさ
美月そういうことでしょ
桐谷……
美月さっきから、ぜんぶ『自分だったら無理』の話をしてる。それ、この人の話じゃない
桐谷……まあ、いいや。俺が悪かった

桐谷、周りの同級生に向かって

桐谷な、俺いま悪いこと言った? 言ってないよな

同級生たち、曖昧に笑う。誰も何も言わない

桐谷ほら。誰も何も言わないじゃん
拓海言えないんだと思います
桐谷え?
拓海その聞き方をされたら、誰も言えないです
桐谷……何それ。俺が悪者ってこと?
拓海そうは言ってません。聞き方の話をしました
桐谷……へえ。喋るんだ
拓海喋ります

美月、立ち上がる

美月わたしも喋る
同級生A美月
美月みんな聞いて。今日、言おうと思ってたことがあるの

座敷が静かになる

美月わたし、この人の手が好きなの
美月荒れてるのは、手袋をしない作業があるからです。以上

美月、座る。同級生A、小さく拍手する

桐谷……いや、そういう話じゃなくて
美月そういう話だよ

6

奥の襖が勢いよく開く。沢渡が立っている

沢渡桐谷
桐谷……あっ、部長
沢渡今の、全部聞こえてた。襖一枚だ
桐谷いえ、あの、これは同窓会の
沢渡同窓会かどうかは関係ない

沢渡、座敷に上がってくる

沢渡初対面の方に、何を聞いてる
桐谷……褒めるつもりで
沢渡俺にじゃない

桐谷、拓海に向き直る

桐谷……失礼しました
拓海いえ

沢渡、拓海に向き直り、そこで初めて顔を認める

沢渡……失礼、高梨製作所の高梨さんじゃないですか
拓海……はい。高梨です

沢渡、深く頭を下げる

沢渡先月は本当にありがとうございました。おかげでラインを止めずに済みました
拓海いえ。間に合ってよかったです
桐谷……主軸の、高梨製作所
沢渡そうだ。お前が電話で納期を頼んだ先だ
桐谷……メールと電話でしか
沢渡工場まで行ったのは俺だ。お前は席にいた
桐谷……はい
沢渡夜の八時に伺って、この方はまだ機械の前にいらした
拓海あの日は、たまたまです
沢渡たまたまでも、いらした

7

桐谷、拓海に向き直る

桐谷高梨さん。知らなくて、本当にすみませんでした
拓海何を知らなかったんですか
桐谷……その、うちが、お世話になっていることを

拓海、しばらく黙っている

拓海知ってたら、言わなかったですか

桐谷、口を開きかけて、止まる。何も出てこない

桐谷、その場に立ったまま動けない

8 帰り道

駅までの夜道。二人で歩いている

美月言えばよかったのに
拓海何を
美月うちがないと、あなたの会社止まりますよって
拓海言わないよ。言ったら、あの人と同じ物差しを使うことになる
美月……そっか
拓海それに、俺が本当に嫌だったのは、工場を下に見られたことじゃない
美月じゃあ何
拓海君に『後悔してない?』って聞いたことだよ

美月、足を止める

美月気づいてたんだ
拓海心配のふりをして、上に立ちたかっただけだ
美月……ねえ、わたし、いちばん腹が立ったの、桐谷くんじゃないの
拓海うん
美月Aちゃん以外、最後まで笑ってたこと
拓海……うん
美月みんな、変だなって顔はしてたの。でも笑ってた
拓海一人、手を叩いてた人がいたよ
美月Aちゃんね
拓海裏で少し話しました。工場の話を聞かれた
美月なんて答えたの
拓海回るものは、歪んでると音が出ますって
美月……それ、通じた?
拓海通じたと思う。半年で大きくなりますって言ったら、うわって言ってた
美月通じてるよ、それ
拓海同じことを聞かれても、聞き方が違うと、答えられるんだなと思った
美月……うん
拓海笑えなかったよ、俺は
美月知ってる。だから立った
拓海……怖くなかった?
美月怖かったよ
拓海だよね
美月立つ前にね、二百三十五万二千のこと考えてた
拓海二百三十五万二千
美月昼に計算したやつ。三か月ぶん
拓海……なんで
美月それを断れる人が、何も言えないまま座ってるのがいやだった
拓海俺は、別に
美月拓海さんはいいの。わたしがいやだったの
拓海……そっか
美月だから、あれはあなたのために立ったんじゃないよ
拓海うん
美月わたしのために立った
拓海……そのほうがいい
美月でしょ

美月、拓海の手を取る

拓海……あれ、びっくりした
美月決めてないって言ったでしょ
拓海言ってた
美月決めてなかったの。あの瞬間まで
拓海……ありがとう
美月もう一回言おうか
拓海いい。一回で足りた

美月、笑って手を握り直す

二人、歩き出す